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認められたいが満たされないってなんだろう?・・・承認欲求のお話


承認欲求ってそもそも何?


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承認欲求という言葉は、アメリカのマズローという心理学者が唱えた「自己実現理論」という人間の欲求に関する仮説理論からのものです。

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人が持つ欲求というものを生死に関わるような原始的な欲求から順に並べると「生理的欲求」「安全の欲求」「愛の欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」で表されるというものです。

ここで「承認の欲求」とは英語では Esteem という言葉であり、尊重する・重んずる と訳されます。つまりは自分の事を一人の人間として認められたい気持ちや、自分の願望・希望・期待といった事柄が周囲に受け入れられることで満たされる気持ちのことです。(←これは自分が定義した表現です)


人とのコミュニケーションの中で「傾聴」という手法がありますが、傾聴とは「相手を尊重した聴き方をすることで、相手の承認欲求を満たし、心の壁を取り除く方法」のことに他なりません。(←これも自分の意見ですけど)



承認欲求って大切なのはわかるけど、なんか違うんじゃ?


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ここから、自分がモヤモヤっと考えていることに入ります。

もともとコミュニケーションが必要ない環境に育った人ならば、尊重されたいとか認められたいとかも必要もないんじゃないか、という思いがあります。

例えば、親から満足な愛情を受けていなかったり、そもそも親子間のコミュニケーションのが希薄だったりなどの場合や、逆に過剰なほどの制約を受けて自分自身の主張がほとんど通らないような環境に居た場合、そのコミュニケーションそのものに重要な意味がないと理解したならば、自分の承認欲求というものが機能しないか、ほとんど満たされることがないということです。

双方向のコミュニケーションが必要とされない、一方的に相手の意見を受け入れることしか選択肢がほとんどない環境だった場合は、自分自身のアイデンティティを喪失した状態に陥りやすいのではないか。

そんな風に思っています。



「×承認欲求を満たす」「◯相手との適切なコミュニケーションの方法を知る」


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SNSが流行してから、既読スルーだとか、ふぁぼられとか、いいね!とかそういったポチポチの承認で自分の気持ちが大きく左右されるという問題がクローズアップされています。

なんとなく、違うんじゃないかなぁ、と思っているのです。

そうではなくて、ポチポチがコミュニケーションの方法になっていると誤解していることに問題があって、相手と顔をあわせたコミュニケーションを行うことが本来の方法であって、あくまでもポチポチはその代理の行為、またはそれ以下のものでしかない、ということをきちんと理解することが課題なんじゃないかなぁ。と思っています。

その上で、相手の承認欲求、つまり「自分の意見が無条件に相手に受け入れられることで満たされる気持ち」をきちんと消化してあげることが、いまのコミュニケーションの断絶した社会に必要なことじゃないかなぁ、と思います。

具体的には、やっぱりFace to Faceでお互い傷つけあったり、誤解したりなどの失敗を繰り返しながら、相手との適切な距離を身体で身につけていくことしかないんじゃないかなあ。

しかも、こうしたことって社会に出てからやることではなくて、子供の頃の親とのスキンシップだったり、兄弟とのケンカだったり、友達づきあいの中で育まれていくものじゃないか。

大人になってこうしたコミュニケーションの試行錯誤は、社会的な地位の失墜とか、いじめられたり、阻害され避けられたりなど、リアルな問題に発展してしまいます。だからこそ、まだまだ互いに心が幼い時代に積み重ねるべき大切な学びだと、そう思うんです。



上の世代も下の世代も、心が幼稚なままだ。


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近頃は、子供の頃からコミュニケーションがIT化されてしまったことで、友達付き合いや親子づきあいすら、文字を中心としたメッセージのやりとりが主体となりかねない状況です。うっかり誤字脱字するだけで、相手に極端に誤解されるようなコミュニケーションの失敗が容易に発生します。

そうなると、幼い時代ですでに高度な社会的振る舞いを行わなければなりません。

当然ながらそんなことは出来ない人もいるのですが、お互いの心がまだ十分に育っていない状態では関係性が一瞬にして崩壊し取り返しが付かないことに発展してしまいます。

承認欲求の問題とは・・・コミュニケーションの幼稚さの問題だ。


そんな風に、思っているのです。



4月26日の振り返り


  • 午前に行ったこと
    いつものお掃除タイム。

  • 午後に行ったこと
    昼寝してました。夕方にスーパーで買い出しに。

  • 気付いたこと、思ったこと



  • 今後の課題




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うつぶたさん

Author:うつぶたさん
Twitterこちら→ https://twitter.com/384643bkt
20代をプログラマとシステムエンジニアでキャリアを重ね、30代前半に数十名のメンバーを抱える管理職と人材営業も兼務するまでに成長。
やりたいエンジニアとしての仕事と、やるべき管理職としての仕事、やりたくない営業の仕事、毎日発生するトラブルに悩まされ、なんとか3年頑張ればコツを掴んでうまく回せると思ってやっていました。最初は間食が増え、営業外出中の寄り道が長くなり、メールひとつ書くのに数時間かかるようになり仕事は溜まっていく一方。遅れを徹夜や休日出勤で取り戻そうと頑張っていました。オフィスが怖くなり、携帯電話の電源はOFF。通勤電車から降りられずに始発駅と終着駅の間を何時間も行ったり来たりしていました。無力で生きる価値がないという思いに支配され、ホームから飛び降りればこの苦しみから開放されて楽になるとまで考えました。
死を願う自分自身を抑えるために、すがりつく思いで診療内科に電話。診断の結果は「うつ状態」。即座に休職を指示されました。
自宅で休養後、病院の復職プログラムを受け少しずつ回復。これからいよいよ復職…という流れで今に至ります。
いまでもうつの再発の不安を抱えています。
気づいたことは、自分自身の性格がうつを起こしやすい性格であったことと同時に、「自分自身を受け入れて生きる」ことの大切さです。
自分がここにたどり着くまでに得た「気付き」と「学び」を忘れないようにすることが第一の目的。
第二の目的として、そんな自分がささやかに得たものを皆様に発信することで何かの役にできるのなら、と考えています。
よろしくお願いします。

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