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休職期間を振り返っていままでの自分とこれからの自分


いままでの流れを振り返ってみよう


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復職が本当に目の前になってきました。
幸い、ドキドキしたり不安になったりはありません。

復職してからもうつとの付き合いは続きますので、
これまでの自分がどうやって回復していったか(またはなぜ回復できたのか)を振り返ってみたいと思います。



休職前①:2012年12月〜2013年2月頃



年度末が近くなり予算達成に向けてピリピリして来た頃。システムエンジニアの本業でも新しいプロジェクト立ち上げが重なる。おまけに部下が起こした幾つかの軽い問題に火消しに時間を取られる。タスクリストを書くと一日20個ぐらいやることがある。当然終わらないので連日終電を逃す。土日は出勤か研修。毎日200%くらい動いてた。

この頃からあまり眠れなくなる。頭は常にフル回転。



休職前②:2013年3月〜4月頃



予算未達が明らかに。翌年度予算に+10%上乗せされる。ぐはあ。
上司は明らかに不機嫌。相談するが逆にどうするんだと言われる始末。ぐふっ。
採用に何人か失敗する。嫌われてるんだろうか。
研修を受けた部下の何人かヘソを曲げたので、これまた火消しに時間を取られる。
気がついたらプロジェクトのメインにされてた。マジか。

朝まったく起きれなくなる。10時出社当たり前から午前中休み。
すぐに会社にいけなくなった。
その間、何をしているかというと、電車に降りられずに行ったり来たり。
出社すると溜まった仕事に追われるので徹夜の毎日。
パソコンを打つ手が震えるようになる。メールを1通書くのに数時間かかるようになる。
いつも居ないと言われ始めて上司からの連絡で携帯が鳴りっぱなし。
恐怖で電源を切る。行方不明。

頭の中はずっとエラー音鳴りっぱなし。
自殺企図。
そしてストップ。ほんとうにギリギリで病院へ。



治療初期:2013年5月〜7月



主治医からとにかく休めと言われる。けど休み方が分からない。
それよりもお医者さんが怖い。誰を信じていいのかわからない。
すべて放り出した仕事が気になって電話したくなる。だけど怖くて電話できない。
家のインターフォンの音が怖い。物音が怖い。人の気配が怖い。
もう全部が怖い。

5月末になると外に出てもいいと思い始める。
いきなり散歩をスタートする。7月には復職したいと考えて筋トレもやる。
6月から自主的に図書館に通い始める。

そんな自分に主治医は「まだ休みなさい」
分けわからなかった。どうして復職させてもらえないのかという焦りばっかり。



治療中期:2013年8月〜10月



主治医からリワークを紹介されて通い始める。
この頃になるとずいぶんと調子が回復したと感じていた(実際は全然ダメだったけど)

貯金がなくなって来たことで焦りが頂点に。
車とか支出とかいろいろと見直しに手をつけ始める。

支出の見直しが一段落すると、復職できないことに安心し始める。
まだ休んでいたい、会社に戻りたくない、あの辛い思いをしたくない。
転職を真剣に検討をする。

リワークではいろんな活動が楽しくて、おしゃべりし放題。プチ躁状態だったのかも。

認知行動療法はこの頃に受ける。



治療後期:2013年11月〜2014年2月



会社の産業医面談を重ねる。会社への抵抗感を和らげようと通勤訓練を始める。
認知行動療法のお陰か、転職したい気持ちはだんだん薄くなってきた。
でも心の中は、リワークに居たい気持ちで一杯。

12月末に復職可能の診断書をもらい、1月中〜末でリハビリ勤務。
上司との関係が全然ダメだったことを痛感するも、主治医からの一喝で考えを変えることが出来た。

一気に気持ちが晴れだす。



復職準備:2014年2月〜3月



人事との面談を重ねながら、理解してもらうプロセスを進める。
同時にリワークから心を離すことを始める。

体調の維持を最優先にして、はじめて休息といえる日々を過ごす。

そして今に至る。



本当に治っているのだろうか?分からないけど


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振り返ってみると確かにウツウツした状態からは脱しています。
仕事への恐怖や抵抗感もありません。

だけど、ウツを引き起こした状況になれば、またぶり返すという確信みたいなものはあります。

職場に戻っていったとき、もし周囲が「完治した」と誤解していたのなら、
または「完治していないのに戻ってきた」と思っていたのなら、
今までの学びをうまく使って、理解してもらうよう努めていこうと思います。

これからは練習の成果を見せるとき。





3月23日の振り返り


  • 午前に行ったこと
    お家のお掃除。

  • 午後に行ったこと
    のんびりしてました。

  • 気付いたこと、思ったこと
    休職期間のさいごのお休み。だから出来る限りいつもどおりすごした。

  • 今後の課題
    これからもいつもどおりにする。



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プロフィール

うつぶたさん

Author:うつぶたさん
Twitterこちら→ https://twitter.com/384643bkt
20代をプログラマとシステムエンジニアでキャリアを重ね、30代前半に数十名のメンバーを抱える管理職と人材営業も兼務するまでに成長。
やりたいエンジニアとしての仕事と、やるべき管理職としての仕事、やりたくない営業の仕事、毎日発生するトラブルに悩まされ、なんとか3年頑張ればコツを掴んでうまく回せると思ってやっていました。最初は間食が増え、営業外出中の寄り道が長くなり、メールひとつ書くのに数時間かかるようになり仕事は溜まっていく一方。遅れを徹夜や休日出勤で取り戻そうと頑張っていました。オフィスが怖くなり、携帯電話の電源はOFF。通勤電車から降りられずに始発駅と終着駅の間を何時間も行ったり来たりしていました。無力で生きる価値がないという思いに支配され、ホームから飛び降りればこの苦しみから開放されて楽になるとまで考えました。
死を願う自分自身を抑えるために、すがりつく思いで診療内科に電話。診断の結果は「うつ状態」。即座に休職を指示されました。
自宅で休養後、病院の復職プログラムを受け少しずつ回復。これからいよいよ復職…という流れで今に至ります。
いまでもうつの再発の不安を抱えています。
気づいたことは、自分自身の性格がうつを起こしやすい性格であったことと同時に、「自分自身を受け入れて生きる」ことの大切さです。
自分がここにたどり着くまでに得た「気付き」と「学び」を忘れないようにすることが第一の目的。
第二の目的として、そんな自分がささやかに得たものを皆様に発信することで何かの役にできるのなら、と考えています。
よろしくお願いします。

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